「40年前はみんな働き盛りの若者やったんやで」 私が訪問マッサージ事業を始めた理由①

私は10年間サラリーマンとして働いていた会社を辞め、訪問マッサージ事業を始めました。

勤めていた会社は医療や介護とはまったく関係の無い、衣服や家具などを取り扱っている大阪市内の通信販売の会社でした。

 

私の大きな転機は地域の自治会の役員をしたことでした。家を建て、新しく住み始めた寝屋川三井が丘地区の自治会で我が家が役員をする順番がいきなり回ってきました。この地域では、16年に1度の周期で役員が回ってきます。そのため、参加するほとんどの方が自治会役員の業務などほとんど知らない・覚えていないような状態から1年間がんばって任期を過ごしています。

 

我が家も引っ越してきたばかりでほぼ何も分からない状態でしたが、地域のことを知る良いきっかけになると思い前向きに取り組もうと思ったものでした。

 

顔合わせに参加した日、私は「日本の超高齢化」という言葉を始めて自分ごととして感じることになりました。

 

そこに居た方々の多くが、もうかなり前に仕事を引退されたような高齢の方々でした。抽選の結果、会長をされることになった方は80歳後半の方でした。耳が聞こえにくく補聴器を使われている方も数名いらっしゃいました。

 

毎年このような状況であることも、多くの方が聞かれているようでした。高齢にも関わらず、さらに高齢な親御さんの介護があるため、役員になることを免除してほしい、という要望も少なくない、という話も聞きました。

 

三井が丘にあるの住宅の多くは約40年前の地域の開発によって建てられたものです。

「40年前はみんな働き盛りの若者やったんやで」一緒に役員をやることになった70歳代の男性がおっしゃっていました。

 

たかだか自治会の役員とはいえ、70歳を越えた方々が前面に立ち、働かざるを得ないという状況が、自分の目の前にありました。

 

「超高齢化社会」

 

実家に久しぶりに帰ったら親が少し老いている、その程度の意識だった私には大きな衝撃でした。

 

 

 

(つづく)

 

「普通」 私が訪問マッサージ事業を始めた理由②

自治会の役員として働き始めた私は、環境公害部というゴミの収集や掃除に関連したテーマのイベントをまとめる部門の部長をすることになりました。

 

前任者からの引継ぎの資料を基に、市役所への確認や関連行事の段取りなど、手間は若干かかるものの特段難しくはない役割をこなしていました。また、会議での確認や地域への配布用にパソコンで簡単な資料を作ったりもしていました。

 

自身としては最低限の役割をこなしているこれらのことでしたが、同じ部門担当の方や、全体のとりまとめをしている方などから、「荒本さん、ありがとう!本当によくやってくれた!」と思いもよらず感謝の言葉をいただきました。

 

その時に感じたのです。

「私は、30歳代の人ができるような普通のことはできるが、特別な才能や技術があるわけではない。ただ、それでも感謝してもらえるような役割を担うことができる。『普通』が足りていない場所は想像以上に多くあるのではないか。」

 

当時所属していた会社では、どうやってできるだけ多く服や家具を買ってもらうか、多くの選択肢から自社を選んでもらうにはどうすればよいか、ということを考えていました。

 

しかし、私は「『足りない』を私が埋める事ができ、関わる人たちが少しでも幸せになることがもっと他にあるのではないか」と考え始めるようになっていきました。

 

 

(つづく)

 

「目が見えて、運転ができる」 私が訪問マッサージ事業を始めた理由③

そんな中、私は「訪問マッサージ」というサービスが存在していることを知りました。

 

寝屋川にも本当に多くの介護施設ができ、道には常に病院や介護サービスの送迎車が走っている、杖やシルバーカーを使ってゆっくりゆっくりと歩いている方々がいる、そんな光景も日々、目にします。

 

やはりこの地域にはお年寄りが多い、そんなことを実感します。

 

また、1人で始められること、すぐに分かりやすく役に立てること、そんなことも大事だと思っていました。

 

「訪問マッサージ」はそんな私にとってぴったりの事業でした。

 

また、「あん摩マッサージ指圧師」という資格を持っている人は視覚障害を持たれている方が多いということも事業を検討し始めてから知りました。

「体が不自由でつらい方」「視覚障害を持ったあん摩マッサージ指圧師の先生」「医療保険制度」など困っている、辛い、やりたいことはあるができない、うまく機能していない、というそれぞれのことに、それぞれの背景があることも知りました。

 

しかし、それらをマッチングさせる、つなぎ合わせる、足りないところをサポートするということができれば、それぞれが幸せになれるということも知りました。

 

●患者さんの辛いお体が、医学的な知識を踏まえたマッサージによって楽になる

●存在を認知してもらいにくかったあん摩マッサージ指圧師が、患者さんに出会いやすくなる(仕事をし収入を得ることができる)

●必要な手続きを踏まえることで、医療保険適用となり患者さんも継続しやすくお体の改善につながりやすい

 

「普通」の私が、患者さんとマッサージ師の出会いをお手伝いし、必要な手続きをすることで幸せを生み出すことができる、そう感じました。

 

「目が見える」「車の運転ができる」今、私の役割に必要なことのほとんどは、この2つです。

 

 

(つづく)

 

 

「知らない」 私が訪問マッサージ事業を始めた理由④

私は訪問マッサージ事業を始める1年前まで、このサービスの存在を知りませんでした。

 

私の両親も知りませんでした。

 

ご利用者さんのお宅でお話を聞いても「こんなありがたいサービスがあるなんて知らなかった」とおっしゃいます。

 

みなさん、「知らない」のです。

 

「このサービスの存在を知った上で選ばない」であればよいのですが、「知らない(選びようがない)」というのは非常にもったいないことだと思います。

 

「良い(自分にとって役に立つ) ものの存在を知る」ということはとてもエキサイティングなことだと思います。私もご利用者さんに「伝わった!」と感じることが、とてもエキサイティングです。ご利用者さんが「良い」と感じるタイミングは、サービスを知ったとき・試してみたとき・使って3ヵ月経った時・実際にお体が良くなったとき、と人によって異なりますが、それもまたドキドキ・ワクワクの要素の1つです。

 

私は、「まず知ってもらう」ということにとても意味がある訪問マッサージに魅力を感じ、事業を始めることを決意しました。

 

 

(つづく)

 

 

「先生に出会えて良かった」 私が訪問マッサージ事業を始めた理由⑤(終)

私(荒本)は、あん摩マッサージ指圧師の資格を持っていません。ですので、私自身がご利用者様の体に触れてマッサージを行うこともありません。

 

私は、ご利用者様からお話を伺ったり、マッサージ師の先生の送迎をしたり、ご利用代金の集金をしたり、必要な手続きをしたりということが主な仕事です。

 

先日、ご利用者様のお宅にご利用代金の集金に伺ったとき、「先生に家に来てもらって、マッサージしてもらって、ほんまにありがたいわ~。元気になるわ~!先生と出会えて良かったわ~」とご利用者様がおっしゃっていました。

 

また、別の利用者様のケアマネさんとお話をしていたときに「体はすぐには変わりにくいとは思うけど、気持ちに変化が出てきました。マッサージを受け始められて、前向きになられているのをすごく感じます。」とおっしゃっていました。

 

こんな言葉をいただける私の方がありがたい気持ちになり、前向きな気持ちになってきます。そして、レイス治療院として一緒に取り組んでいただいているマッサージ師の先生方にも感謝の気持ちでいっぱいです。

 

「1人でできること」と思って始めたことでしたが、1人でできることなんて何にもなくて、ほんと皆さまあっての私だなあと日々感じているところです。

 

これからも普通の私が役に立てる場所を見つけながら、がんばって生きていきたいなぁと思います。

 

 

 

~私が訪問マッサージ事業を始めた理由 おわり~